空を見上げてみよう。
ロケットが勢いよく飛び立つ姿、宇宙船の中をふわりと移動する宇宙飛行士、
地球のまわりを回る人工衛星――。
「いつか宇宙に行ってみたい!」そんな夢を持っている人も、きっといるはず。
人は昔から宇宙にあこがれ、今もその不思議を追っている。
それは、宇宙の研究が、私たちの暮らしを少しずつ、便利に、おもしろく変えてくれるから。
そして、遠い宇宙と、地上に生きる私たちをそっとつないでくれるのが、「カガク」の力。
さあ、化学がどんなふうに宇宙のとびらを開いてくれるのか、ノックしてみよう。
読み終わったあと、夜空の星がちょっとだけ、ちがって見えるかもしれないよ。
「きみラボ」を読んでいるみなさんへ
宇宙に行ったことは、新しい夢の始まり
私は子どもの頃から理科の実験が好きでした。学校の理科室での実験はもちろん、学習雑誌の付録についてきたさまざまな科学実験セットなどにも夢中になって取り組んだのを覚えています。また、絵本やマンガを通じて宇宙の世界を夢見てきました。「ロケットに乗って宇宙飛行をしたい」という漠然とした未来のイメージが、大人になってからの宇宙飛行士挑戦につながったのだと思います。
実際に宇宙飛行士になってからは、国際宇宙ステーションでさまざまな宇宙実験を担当しました。新しい材料を作る実験、地上とは違う性質を持つ物質の実験、ときには自分自身の体の変化を探るための医学実験などにも参加し、文字通り宇宙の不思議を体験することができました。
宇宙から帰還してから「夢がかないましたね」とよく言われました。子どものころからの夢の舞台であった宇宙に行けて、私は本当に幸せだと思います。しかし、宇宙に行きたいという夢は、自分が持っている可能性を広げて、人間がどこまで行けるか知りたいということだと思うのです。その意味では、宇宙に行ったことは夢の終わりではなく、新しい夢の始まりになるのでしょう。
次の時代を開くみなさんも、自分たちの未来がさまざまな可能性と夢に満ちていることに気持ちを向けてほしい。そして、自分の周りの人々もみんな一人ひとり、さまざまな可能性と夢を持って生きていることに気付いて、他人に対する敬意や社会に対する連帯感を感じて生きていってほしいと願っています。


宇宙で活躍する新しい技術が、さまざまな会社から生まれているよ。
牛のふんから作るロケット燃料、超小型の人工衛星、月面で活用する新しい素材――。
宇宙の難しい問題にチャレンジする中で、未来の暮らしに役立つヒントも見つかっているんだ。
そんな6つの最新技術を紹介するよ!
牛のふんがロケットの燃料に!?
エア・ウォーター株式会社
北海道では、牛のふんや尿を使ってロケットの燃料を作る取り組みが始まっているよ。手がけているのは、エア・ウォーターという会社。ふん尿を発酵させて、地球にやさしい「バイオメタン」という燃料を作っているんだ。捨てられるようなものが宇宙へのチャレンジに役立つなんて、おどろきだね。

何がすごいの?
バイオメタンは、牛のふんや尿を発酵させてできるガスから作られるエネルギー。エア・ウォーターは、この中のメタンという成分を液体に変える技術を開発したんだ。牛のふんから液体燃料(液化バイオメタン)を作るのは、日本で初めての取り組み。しかも、ロケットの燃料に使うチャレンジは民間企業では世界初! 日本は多くのエネルギーを外国にたよっているけど、牛のふん尿を使うことで国内でもエネルギーが作れるようになる。だから、注目を集めているんだ。
将来、どんなことができそう?
ロケットを飛ばすだけでなく、バイオメタンはいろいろな場面で活躍が期待されているよ。例えば、工場を動かす力になったり、トラックや船の燃料になったり、みんなの家で使うガスにもなるんだ。さらに、牛のふん尿から作ったエネルギーを使って牛乳を作るといった、資源がぐるぐる回るしくみを作ることも考えているよ。自然とうまくつきあいながら、生活や産業を支える。そんな社会を作るうえで、バイオメタンは大事なエネルギーになりそうだね。
ロケットを押し出すパワーのもと!
株式会社カーリット
ロケットが宇宙へ飛び立つには、大きなパワーが欠かせない。その推進力のもとになる「固体燃料」には、特別な「粉」が使われているよ。カーリットが作るその粉の名前は「過塩素酸アンモニウム」。酸素がない宇宙でモノを燃やすには、自分で酸素を生み出すしくみが大切になる。そこで、この過塩素酸アンモニウムが酸素の代わりになって、ロケットを前へと、押し出してくれるんだ。

何がすごいの?
過塩素酸アンモニウムは、たくさんの酸素をふくんでいるから、燃えると大きなエネルギーを生み出せるよ。重い人工衛星をロケットが宇宙まで運べるのは、この物質があるからこそ。カーリットでは、過塩素酸アンモニウムの粉のつぶの形や大きさをきれいにそろえて生産していて、それによって安定した燃焼ができ、安全性も高まっているんだ。その品質の高さが、日本のロケット打ち上げを力強く支えているんだよ。
将来、どんなことができそう?
過塩素酸アンモニウムを使った固体燃料は、長く保存ができて、力強いのが特長だよ。あらかじめロケットに入れておけるから、天気が変わりやすい日本でも、発射のチャンスをのがさずに打ち上げられるんだ。さらに、重い人工衛星を運べることで、気象観測や災害監視、地球環境の研究など、多くの場面で活躍が期待されている。この素材が、未来の宇宙開発の可能性を広げていくかもしれないね。
ミニ衛星が地球をチェック!
セーレン株式会社
セーレンは、もともとシルク(絹)の加工をしていた会社。130年以上、研究開発を続け、なんと今では超小型の人工衛星を作っているんだ。その大きさは、2Lのペットボトルより小さいくらい。こんなに小さな人工衛星が、宇宙で地球のようすを観察するなど、大きな役割を担っているよ。

何がすごいの?
セーレンが開発する超小型人工衛星は、縦10cm、横10cm、高さ30cmほどと、とてもコンパクト。軽くて場所をとらないから、一度に多くの衛星を打ち上げることができるんだ。小さいぶん、開発に必要な時間も短く、お金をあまりかけずに作れるのも特長。大学や企業がこの衛星にカメラをつけて、地球のようすをくわしく観察しているよ。そうして集められたデータは、教育や研究、社会活動に役立てられているんだ。
将来、どんなことができそう?
超小型人工衛星は、私たちの暮らしや地球環境を守るためにも、大きな力を発揮しているよ。例えば、森の火事や大雨による洪水を早く見つけて、被害を小さくする手助けができるんだ。農作物の育ち具合を空から調べて、効率よく農業を行うこともできる。また、大きな災害で地上の電話やインターネットが使えなくなったときに、衛星通信を使って情報を届ける役割も。小さくても、宇宙から私たちの暮らしを支えていくよ。
作りやすく、パワフルな燃料へ!
日油株式会社
宇宙へ人工衛星を運ぶロケットには、「液体燃料ロケット」と「固体燃料ロケット」の2種類があるよ。日本のH3ロケットは、この2つを組み合わせて大きな人工衛星を宇宙へ運ぶんだ。日油が手がけるのは、固体燃料ロケットに使われる「固体推進薬」。かたく固めた燃料で、ねらった方向にしっかりロケットを飛ばせるのが特長。宇宙開発を支える、大事なエネルギー源になっているんだ。

何がすごいの?
ロケットは、打ち上げるときの高さやスピードが少しでもズレると、人工衛星を目的の場所に運べなくなってしまう。だから、宇宙ロケットは、まるで針の穴を通すように、正確に動くことが求められているんだ。その正確な動きを支えるために、固体推進薬はとても細かく、ていねいに作られているよ。しかも、打ち上げのときにかかる大きな力にも、こわれない強さをちゃんと備えているんだ。
将来、どんなことができそう?
天気予報や災害対策、通信など、私たちの生活に欠かせないものとなっている人工衛星。これからは、もっと多くの人工衛星を、もっと手軽に打ち上げられるようになることが期待されているんだ。そのためには、ロケットの打ち上げも、もっと簡単で、お金をあまりかけないようにする必要があるよね。日油では、これまでよりも簡単に、たくさん作れる固体推進薬を目指して、さまざまな技術の開発を進めているよ。
「軽くて強い」で月にチャレンジ
三菱ケミカル株式会社
月面を走るために作られた、超小型・超軽量・高強度の探査車「YAOKI」。この車体には、三菱ケミカルが開発した「CFRP(炭素繊維強化プラスチック)」などの、軽くて強い素材が使われているんだ。2025年3月に月面に到着。宇宙開発に、素材の力が生かされているよ。

何がすごいの?
月までモノを運ぶには、とてもお金がかかる。たった1kgの重さでも1億円以上することがあるんだ。だから月面探査車は、できるだけ軽く、しかも丈夫に作る必要があるんだよ。三菱ケミカルは、金属よりも軽くて強い素材と、少ない部品の組み合わせでモノを形作る技術をあわせて使うことで、衝撃にも強く、軽くてシンプルな構造を実現したんだ。少ない部品で大きな力を発揮する工夫をしたり、素材の特性と作り方をうまく組み合わせたりして、これまでにない月面探査車を生み出したんだね。
将来、どんなことができそう?
これから宇宙での仕事はどんどん増えていくといわれている。三菱ケミカルは自分たちの得意な炭素繊維や特別なプラスチックなどの素材を使って、宇宙で役立つものづくりを進めているよ。YAOKIの開発では、いろいろな部署や専門家が力を合わせて、大きなチームで取り組んだこともポイント。素材と技術、そして人をつなぎながら、暮らしや宇宙の課題を解決するチャレンジが始まっているよ。これからは火星やもっと遠い場所を目指す探査にも、こうした技術が生かされていくかもしれないね。
月の砂でエネルギー問題を解決!
株式会社レゾナック・ホールディングス
月面には「レゴリス」という細かい砂が積もっている。このレゴリスに樹脂(特別なプラスチック)を混ぜて熱を加えると、ブロック状の材料ができるんだ。レゾナックは、このブロックを月面の道路や建物に使おうとしているよ。月での資源の使い方やエネルギー問題など、多くの課題を解決するかもしれないんだ。

何がすごいの?
月では昼と夜がそれぞれ14日間ずつ続く。夜は太陽の光が届かず、太陽光発電ができないから、エネルギーの確保が大きな課題なんだ。そこでレゾナックは、レゴリスに注目。レゴリスと少量の樹脂を混ぜて固めると、太陽の熱を蓄えられるブロックになる。砂のままだと熱が伝わりにくいけど、樹脂で固めることで中まで熱が伝わり、たくさんの熱をためられるんだ。だから、昼のうちにためた熱を夜に生かすことができる。月にある素材を活用することで、地球から資材を運ぶ負担も減らせるんだね。
将来、どんなことができそう?
このブロックだけで、月で必要なエネルギーすべてをまかなうのは難しいけれど、手に入りやすく、たくさん作れて、費用も安くおさえられるのがいいところ。強度もあるから道路に使えるし、ほかにも街路灯の電気を生み出したり、建物を温めるための熱源として使ったりと、いろいろな使い方が考えられるよ。宇宙で使う材料は、軽さや強さだけでなく、手に入れやすさがとても大事。こうした工夫を少しずつ積み重ねていけば、いつか月でも、地球と同じように生活できる都市が誕生するかもしれないね。